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2011年7月27日水曜日

土屋

今日は、やっと時間が出来たので、書きたい事を書こう。

つい先日、土屋やとスカイプで2時間話をした。

土屋とは、大学3年の冬、就活をする目的で東京にいた際に、出会った友達。

セミナーで、いきなり仲良くなって、いきなり泊まりにいって、いきなり仲良くなった。

会った時間や機会は多くなくて、それでも結構仲良い関係を築けた気がする。

お互いの家に遠慮無く泊まれるだろうし、一緒に合コンしようっても簡単に誘える。

そういう友達が出来たこと事は、本当にありがたい。

土屋は、それからまあ就活がうまくいって、ある大手メーカーに就職した。

それから。



①30歳まで、日本にいたら、同じ会社にいたら、人生おつ
人生がおつかどうかなんて、本人が決める事。

ばってん、危険である事には変わりないように思う。

ここらへんは、日本の社会の仕組みや経済を見ていると、もう当たり前で、書くのが馬鹿らしく感じるけん、書かん。

日本に居続ける怖さを、本人が感じんのなら感じんで、よかろう。

最近思うのは、友達に宜しくない人生送って欲しくないんだよな。

これって、調子乗ってるみたいに聞こえるけどさ。

②自分の人生を生きる
これは土屋と「そよ!そゆことよ!」ってなった事。

なんやろうね、変やけど、日本人て、自分の人生を生きていないな、って。

同時に、自分の人生を生きるのが難しいというか。

例えば、目に見える形。

親の見栄のために働くとか、周囲が働いとるけん働くとか。みんなそう信じとるけん、信じるとか。

目に見えない形。

大人でモラトリアム、自分探しがダサいとか、自分は違うと思っても、我慢するのが大人とか。

これとかみてくれたらわかる。

なんでこんなになったのかなあ。一民族やけん、同調させ安いけんかなあ。

全部無視して、自分の感覚にしたがった方がいいと思うね。

違うと思ったら、自分がやっている事はすぐやめる。

違うと思ったら、いらぬプライド捨てて、反省する。

面白そうだと思ったら、やってみる。

今何何したら、何々やる。って書いたけど、それすれらも自分の感覚にしたがったらいい。

そんな感覚にしたがって、自分の人生を生きたがいいと思う。

確かに、俺らは日本人だけど、その前に、一人の人間だ。

同調されるかもしれんけど、周囲なんて気にせず、自分の感覚を信じるんだね。

ニートでもホームレスでもいいじゃない??(前に書いたこと。

逆にいうと、そんな感覚を信じて、早めに生きていかないと、人生左右されぱなっしで、自分で決断できなくなる。

なにーーーも、俺は現実に起こしてないのだけれど、そういう事は感じる。

③ツイッター
ツイッターでつぶやいた事。

(小、中、高、大学と仲よかった関係も、あるきっかけで崩れる可能性があるし、崩す可能性があるなあって思う。「崩」ってより、「会わないようにする」って感じか。そのくらい、日本の社会って、閉塞感があるし、落ちているなあって思う。)

このツイッターのつぶやきがどういう事か説明する。

これから、生きていくためには、英語は非常に重要なものになる気がしている。

10年後20年後、俺の小中高大の友達で英語を喋れるのは、10%もいないだろう。下手すると5%ぐらいか。

例えば俺らが40歳の頃の20代前後の若者は、ほとんどの人が英語を喋れるようになっているだろうって気がする。

そうしないと、生きていけんけん。まあ、英語が喋れたら、日本なんかには住まないかな。

そうなると、俺らが今、年寄りに「若者の内向きか。根性がない。ゆとり世代」って批判されているように、例えば「日本を見捨てた若者。英語しか喋れない若者。」って批判しにかかるんだよね。絶対。

そうなると、結果的に、俺はその同世代の友達を批判したくなる。

でも、この事に関する批判は、批判の仕方事態がよくない事なので、自重する必要がある。

(例えば、英語を喋れるようになったのも、その時まで生きれているのも、自分のお陰だけじゃない。自分が英語を喋れなかった可能性もある。)

まあ、行き過ぎると、ぶち切れて、批判するだろうけど。

なので、結果的に、そんな友達に合わないようにする。って流れ。

誰かわかるかなああーーーー。

うーーん、なんか他に書きたいことあったんだが、忘れたので、このへんで。

ほな、ちゃんちゃん。

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