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2011年8月10日水曜日

HERO

働く事に関して思っていることを徒然なるままに書いていこう。

いざ!!

働く事に疑問を持った1つに、「それをやってどうなるんだろう?」ってのがあった。

今でもある。

例えば、その仕事を10年やるとする。

32歳の俺は、引く手あまたで、仕事に困らない状況にいるか?

まあ、そんなイメージがつかんやった。

今の能力で仕事をこなしていったら、引く手数多の状況にならん事ぐらいは、予想出来る。

ほんなら、その10年って何やってたんだろ??って疑問を持つ気がした。

そして、無駄な事に努力したくないなああって考えてまう、自分がいた。

ってか体が動かん。

「仕事をやってどうなるのか?」

なんていう疑問を持つのは、1年働くのを待っても、生きていける経済状況にいるからこその問い。

やけん、甘えって言われても反論出来ん。

でも、殆どの日本家庭は同じ状況だろう。

フリーターでも生きてはいける、日本という国において取れる選択肢。

ただ、その選択肢が自分を悩ませるし、悩ませてくれる。

ここで1つ、関係していると思う事がある。「それがやりたい事かどうか?」ってこと。

思うんだけど、いきなり、大学3年の冬・就活で、「やりたい事はなんですか?」って聞かれても困るよね。

高校・大学と、目の前にある試験や野球の練習をこなして来ただけやもん。

さらに、周囲の大人をみてても、やりたい事をやっているわけじゃなさそうだし。

仮に、それならそれでわりきって、仕事ではやりたい事をせず、週末にしたい事をする。

仕事は、お金を貯める手段。って考えればいいんだろう。

ばってん、日本では、仕事を神聖化している部分がある。

完全週休二日とれる仕事なんて奇跡的な状態になってる。

ここで、個人の話をすると、俺はやりたい事とかの前に、生きたいって思う。

いつからなのか、仕事ってことよりも、生きる事を考えるようになった。

結果として、「40歳でリストラくらって、仕事がない。って、それからすっげえ辛い生き方になるよね。」「おいおい、上司に言われた事はやってきたし、文句も言わずやってきたのに、なんだよこれ。」

なんて後ろめたいことを考えていた。
どんな状態がいきていることになるのかどうかは人によって変わると思う。

東京で数ヶ月、アホみたいにバイトしてたとき、こんな期間はずっとは続いてほしくないなって思った。

バイトか寝るか飯食うかみたい生活。

その期間、人の根底にある、生きる、ってのは感じた。

飯が上手かったり、後輩と喋るのが楽しかったり、人の有難味に気づいたり。

それはそれで、自分が生きていることを感じた。

ばってん、その生きている感じが、長く続かんことは、自分でも気づいてた。
俺は俺が思う、生きている状態で生きたい。

そうなると、日本ではフリーターと言われる身分で、韓国・台湾・香港・シンガポール・欧州1カ国に数ヶ月住む。

とかいう海外放浪生活は、1つの進路かなって思う。

てか、そうした方が、結果的に「生きれる道」を探す事につながりそうな気もする。
要するに言いたいことは、

会社で働き続けるという事は、自分が最も得たくない未来を、自ら手にしようとしている可能性があったってこと。

確かに眼の前にやるべき事が与えられている。

ばってん、将来ずっと生きていけるスキルなんて、身につくはずもない。

ただ、自分を忙しくして誤魔化しているという。

もちろん、逆のパターンで、自分が最も得たい未来を手に入れている可能性もあるんだけど。

まあ、そゆ事で、書くの疲れたんで終わります。

ちゃんちゃん。

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