ページ

2012年7月16日月曜日

井上ひさしの作文教室

「全体」
全体を4章に分けている。
1章~3章は、文章について。4章は、生徒の作文についてのコメント。

「要約」
P21
作文の秘訣を一言でいえば、自分にしか書けないことを、だれにでもわかる文章で書くということなんですけどね。

P25
「必ず文章が間違った方向へ行く言葉」を、実はみなさん、たくさんお使いになっている。「ので・から・~だから・~なので・~が」と書いたとたんに、文章が難しくなる。「理由」を、次に言わなければならないからです。

P29
題名というのは、凄く大事。

P31
1番大事な事は、自分にしか書けないことを、だれにでもわかる文章で書くということ。だからこそ、書いたものが面白いというのは、その人にしか起こっていない、その人しか考えないこと、その人しか思いつかないことが、とても読みやすい文章で書いてある。だから、それがみんなの心を動かすわけです。

P38
「読み手」のことを考えることが、実は、「誰にでもわかるように書く」ということ。

P53
他人の中の長期記憶を利用しないと、わたしたちの書いたもの、言ったことが相手に理解されない。長期記憶とは、おびたたしい数の過去の体験。もしくは、長い時間かけて収穫し、ため込んだ記億。

P56
まずは、短期記憶のキャパシティに合うように文章を書かないといけない。そのためには、文章を短くしなければならない。

P60・62
下書きの前の方はいらない。いきなり核心から入ることが大事。

P63
自分を指す人称代名詞は、全部削ったほうが良い。例 私は夫を殺したいと思っている。→夫を殺したいと思っている。

いったん下書きを書いたら、そういうのを全部消せないかどうか考える。

P85
日本語は、すでに言葉に性別がある。


P100
日本人はいったい、どういう言葉を沢山持っていて、どういう言葉をあまり持っていないか。

星の名前で日本人がつけたものは、「昴・すばる」だけ。ただ、空から降ってくるものは、「五月雨・秋雨・粉雪」と沢山ある。空そのものには関しをひかないものの、空から降ってくるものには関心がある。同じように、木も葉っぱも草も虫も、語彙の数は非常に多い。


P125
日本語とはこういう成り立ち、こういう特徴を持っている、ということを踏まえた上で、1つ1つの言葉を好きになっていく。

P142
接続詞を使いすぎてはいけない。「にもかかわらず・にくわえて・とともに・につづいて・ものの・だけに・うえに・する一方・しつつ・~のために・~から・~ことにより」。なぜか?読んだ人の記億がまごつくから。何も言っていないのに、凄くいいことを言っているような気になる。


P144
「~という・~について・~に関して・~といわれる」これらの言葉をどれだけ使わないかが勝負。はっきり言わないでおいて、責任をとらないで済ませようという心理的な動きがある。


P163~
感想文を書きなさいというのは大人でも難しい。子供には、まず観察文を書かせる。あなたが見ていることを書きなさいと言う。

わたしはきょう、おもちをいただいたが、箸をつける前に、もちを食べたあと、餅についての感想を!と言われたたら、絶対に食べない。でも、どういう餅が出たか?なら書ける。

P175
自分の長期記憶を大事にしないといけない。文章を書く相棒というのは、読者でもあれば、自分の長期記億でもある。その長期記億と、どう繋がるかに尽きる。

P194
「は」と「が」の違い。「象は鼻が長い」は、文中に主語が2つから間違いなのでは?どこで使い分けるかというと、「は」は、明らかなことにつく。「が」は、未知のことにつく。

例→「むかし、おじいさんとおばさんが住んでいました。おじいさんは、・・。おばさんは、・・・。」

「意見」
まず、この人の文章は、かなり読みやすい。

なんでやろ。この井上さんは、1934年生まれ。そのためか、文体が古い。

例えば、P21「作文の秘訣を一言でいえば、自分にしか書けないことを、だれにでもわかる文章で書くということなんですけどね。」。この「なんですけどね」という言葉で書いた、最近の記事や本は、あるか。非常に少ないはずだ。この表現には、断定していないけれど、力強さを感じる。んー。

この本は、「井上ひさしと作文教室」だけあって、井上さんは、様々な年代層に読まれることを意識して書いたのだろう。つまり、「読みやすい文章を書く」ことを目的としている人は、この本の内容しかり、文体そのものも学ぶことが出来る。

次に、本の内容。

①「必ず文章が間違った方向へ行く言葉を、実はみなさん、たくさんお使いになっている。」

このようなことは、聞いたこともなかった。多分、これは英語にもあるはずだ。

英語でブログを書き始めると、やたらと接続詞を使ってしまうことに私は気づいた。例えば、「and,so,because,but」を連発する。それは、表現方法が不足していることと、この①のことが関係しているのではないか。もう少し英語で文章を書くと、詳しいことはわかるだろう。頭の隅にこの①を置いて、書くべし。

②「読み手」のことを考えることが、実は、「誰にでもわかるように書く」ということ。

この②について考えたとき、日本語ってかなり変化してきた、もしかすると廃れたと言えるのではないかな。

その当時、例えば、50年前に人気であった本は、この②のように誰にでもわかるように書かれてあったと思う。そうでなければ、人気にならないけんね。にもかかわらず、今は読みにくいということがある。これは、その本が駄目なのではなく、ようするに「誰にでもわかるような日本語」が変化したととれる。

だからって、何もない。「日本語は変わってきている」という事実を感じた。

本当に、「誰にでもわかるように書く」ってことを追求したら、どんな文章になるのだろう、どうやってその文章を書くのだろう。ただ、疑問を感じたさ。

③他人の中の長期記憶を利用しないと、わたしたちの書いたもの、言ったことが相手に理解されない。

これは、池上彰さんのP224に書かれてあったことと全く同じなんだよね。

この③について深く考えた時、俺が友人にあたえた長期記億って何だろう?多くの人が持っている長期記億って何だろう?って考えた。子供のころの記億なのか、給食の記億なのか。これは、別に時間をとって考えるばい。

④日本人はいったい、どういう言葉を沢山持っていて、どういう言葉をあまり持っていないか。

俺、この④の話が大好きだ。言葉って、人の行動や考えから生まれた気がすんだよ。

例えば、オニ面白い。

これは、「鬼」という言葉が、どこか強烈で強くて恐怖のイメージがあるからこそ、生まれた言葉。同時に、「強い!面白い!」という感情を、もっと表現したくて生まれた言葉。

例えば、サヨナラホームラン

日本には、サヨナラホームランという言葉しかない。ただ、野球発祥の地アメリカには、good-by Baseball、game-ending home run、walk-off homerunといった沢山の表現がある。まさしく、人の行動や考えから生まれた言葉である。

なぜ、④の話やこういった例の話が好きなのか。よくわからない。「言葉」や「人の行動」に興味があるからだろうか。

⑤子供には、まず観察文を書かせる。あなたが見ていることを書きなさいと言う。

これは、自分に子供が出来た時、もしくは、子供とせっするようになったとき、実行してみようと思う。

先生や子供とせっする機会の多い人には、知っておいたらいいだろう。

小学生の頃を振り返った時、文章を書くことは苦でなかった。文章をどうやって並べるかについて、消しては書いてをやった記億がある。中学生になって、高校生になって、文章を書く機会は滅法へった。

文章を書く能力は、どうやら小学生のレベルで止まったままのようだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿