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2011年12月8日木曜日

その他「カナダ、25ドル、500円」

カナダでの話。

今日、携帯のチャージをするために、電器店に行った。

電器店といっても、日本のヤマダ電機、ヨドバシカメラのような超優れた大型電気店はない。

ちょっと電化製品がある店。


日本って、本当に品揃えとか、完璧で、その点最高。

グリンガムのムチに、ソーラービームに、ほしふる腕輪に、ファルコンパンチに、昇竜拳に、カシューナッツに、ほうれん草の胡麻和えに、MP消費1。

携帯の料金はというと、本体代が、俺のは90ドルで、月々の支払が25ドル。

この携帯自体は、俺が住んでいる地域でしか使えない。

メールと電話は、使い放題。

使い放題と言われても、友達がいないので、ほとんど意味なし。


何かと言うと、その帰りのエスカレーターで、上から親子と思しき人が降りてきた。

マミーと、中学生ぐらいの男の子(仮にその男の子を、モリモと名付けよう)。

モリモは、おそらく、スケボー、を母さんから新しく買ってもらったっぽい。

なぜ、そのように見えたかというと、モリモの、嬉しいという気持ちが、表情に表れとった。

うきうきしてて、早く使いてえ、友達と遊びてえ、自慢してえ。みたいなね。

もうコンポウされとった袋ば破いとったもんね。

あらら、あなた下の皮はどうなのかしら。

そこで思った。

そういえば、一番最初に俺が親に買ってもらって嬉しかったものって、なんだろうなあ。

一番最初に買ってもらったものが、何か覚えてない。

ただ、嬉しかったものといえば、初めてのミズノのグローブ、任天堂64、野球のエナメルバックかな。


なんかなあ。

俺らって、まあ基本的には、欲しいものは、ある程度買えるようになった。

買うときに嬉しくないかといえば違うけど、同じような感覚ではないように思う。

どっちがいいとかではなくてさ。

例えば、俺はIPODを、一番最初に買った時を覚えていない。

確かに好きだし、これからもずっと購入していくんだろうけど、覚えていない。

ちょっとずれるけど、俺らが小学生の頃の500円って、とてつもなく大きな金額じゃなかった?

俺としては、とてつもなく大きい額で、コロコロコミックを買うのか、イービーキムラヤ(小学校の友達にとっては超懐かし笑笑)という駄菓子屋でお菓子を買うのか、ミニ四駆を買うのか、ビーダマンを買うのか、ガチャポンをするのか、戦隊物のウインナーを買うのか(てか、戦隊物は、なぜウインナーだったのだろう笑)。

必死にあれこれ、弟と考えた。記憶がある。

それから中学・高校と、500円というお金を当たり前に使うようになって、なんかよくわからん違和感を得る機会が、時々あった。

あの時のような、わくわくした感じや、間違えて買ったときの一日かけてする後悔、当たったときのテンションの上がりよう。

そういうものは、今と昔は違う。

過去と比べる、というふうな事を書くと、あたかも過去が良かったって風に感じるけど、そうじゃないさなあ。


書いていて思い出した事がある。

最初、学校にすこーし行っていたときに、メキシコ人の友達が出来た。

友達といっても、移民の学校なので、年齢が高く、その人も30歳ぐらいだったかな。

ある時、ソニーのデジカメを持ってきていた。

普段は、そんな光景をみていなかった。

初めて買ったの?て聞いたら、そうだ。と答えた。

やっぱ初めて買ったのか、非常に嬉しそうで、辞書とか窓とか足とか変なもんばっか、楽しそうに撮っていた。

本当に、何か、子供みたいで、楽しそうだった。(電化製品が高いのは、メキシコでは有名らしい。)


俺は、今デジカメを買ったところで、そのメキシコ人並に、嬉しがる事はないだろうなあと思う。

それは、手に入れれる可能性のあるものだから、そう思うのか。高価なものか、安価なものかという、値段が関係しているのか。

なんかよくわかんね。

おそらく、各国によって、現在いる状況はもちろん違うんだろう。

結果、幸せとか嬉しさとか、変わってくるんだろう。

そう考えると、日本人の幸せとかって、一概に決め付けることは出来ないけど、金で変える商品や物では手入れれないものになってきているんだろう。

もしくは、ささいな、小さな、幸せだと感じる可能性のある物を、忘れているんだろうなあと思う。

幸せが何かとかいう胡散臭い話は、したくないですが笑。


なんか、この一連の流れで思ったのは、鋼の錬金術師のグリード。漫画ね。

グリードは、英語で、欲、ていう意味。

この漫画の中では、そういう意味を持って、人物として、登場している。

グリードは、最初敵で、結果的に仲間になる。

グリードという意味通り、大きなパワーを欲していて、世界を自分の手中におさめるような力を手に入れる事が目的。

多分、読んだ感じではおそらく。記憶が曖昧なので許してけろ。

グリードがどんなやつで、どんな話の状況なのか。

詳しい説明がないと、意味不明。ばってん、最終巻の最後に、こんなセリフがある。

「俺が手に入れたかったものは、こういう仲間たちだ。」

そのセリフを読んだ時、コンビニで俺は動けなくなった。

英語のセリフはセリフでかっこいいね。
「The one thing I'v always wanted was to have friends like them.」



俺個人の話をすると、いろいろと今書いているこのこと以外にもたーーーーーくさん考えることはある。悩むこともある。

やりたい事は、気づいたら沢山あるし、海外で働く事を目指してもいいし、将来何か個人でするのもいい。

沢山の言語を身につけるのもイイ。働かなくてもいいし、フリーターでもいい。

ただ、どんな道に進もうと、失敗しようと、何がいったいやりたいか、何を手に入れたいか?

というと、中学校・高校・大学で良い友達を作れた、というような事実を、再現したいのではないかなあと、思う所があるっていう。

まっ、ほなそういうことでした。


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